2019年6月19日

生活している何気ない日常を楽しもうとすること。
仕事はもちろん、自分が好きで始めたことでも、
楽しもうとしなければ意外と楽しめない。
僕らがやっているバンド活動もそうだと思う。
たとえ上手くいかないこと、嫌なことでも
楽しもうとすれば、意識しないときよりも楽しめる。
その瞬間は楽しく感じていなくても、楽しもうとすることはできる。
これは以前から話していた「あきらめずにいること」に似ている。
目標が実現できてなくても、その目標に向かっていることはできる。
だから、僕らの活動も同じだと思う。
楽しむ姿
音楽は、誰かに聞いてもらって完結すると思う。
しかし、その過程を楽しめているかどうか。
もし、曲作り、練習、音源製作、ライブの過程で
僕らが楽しめていなかったら、それを聞く人は楽しめないと思う。
ある意味、僕らが楽しめる曲を作ることが一番難しい。
なぜなら、日頃から先割れスプーンを含め、
さまざまなアーティストの楽曲を楽しんでいるからだ。
だからこそ、楽しむためには努力が必要だと思う。

先日、楽しもうとすらしていないことに気付いて愕然とした。
日常のあらゆることを漫然とやり過ごし、
可もなく、不可もなくそのままの状況を受け入れていた。

本当に楽しんでいる人は、楽しもうと努力していると思う。
楽しもうとしていない人は、人生を楽しめないと思う。
嫌だと思うこともとりあえず、楽しもうとしてみる。
ルールを逸脱するとかそういうことではなくて、
むしろルールの中で楽しむことを考える。
そうしたら、楽しめるようになれるかもしれない。
ちょっとした変化でも、楽しめるかもしれない。
まずはその姿勢が必要だ。

人生は楽しいと思える瞬間が多い方がいいと思う。
楽しもうとすることでその時間が増えるなら、やったほうがいい。

実際、人生そんなに楽しいことばかりではないことは間違いない。
だから、音楽とか芸術とかがあるのかもしれない。
けれども、ただ「生きる」だけなら必要ではない。

人生は、余計なことをどれだけできたかで、
楽しめたかが決まると思う。
余計なことをやるのはエネルギーを使う。
負荷のかかることに自ら取り組む原動力となるのは、
やはり、「たのしい」という感情なのだ。
この感情なしに積極的行動は生まれない。

楽しいと思える人生を生きるためには、
楽しもうとする努力が不可欠なのだ。


2019年6月19日

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